管理人プロフィール

名前     :YAMA
職業     :ITエンジニア
よく使うPG言語:Ruby On Rails、C#
居住地    :埼玉県

プロフィール概略

1978年北海道生まれの埼玉県育ち。
大学卒業後に呉服販売店に入社。1週間の研修を経て、埼玉県内のお店に配属。そこで壮絶なパワハラを受ける。1年間耐えたものの、体調を崩すことを危惧して退職。

その後、手に職を身に着けたいと考え、IT企業に入社。上司を始め、周りの人間関係に恵まれ、楽しく仕事をしながらスキルアップできるという理想的な環境に身を置くことに成功。
しかし、入社して1年半後に会社が倒産。

会社倒産後は、自分の会社選びに自信が持てなくなり、親戚が経営する同業(IT)の会社に入社。いわゆるコネ入社みたいなもの。そのせいか、特に役員からはあまり快く思われず、待遇面では徹底的に冷遇される。それでも仕事で結果を残せばいつかは認めてもらえると信じて14年間精いっぱいやったものの、結局最後まで冷遇は変わらず。このままこの会社にいても絶対に報われないと悟り、退職。

退職後はフリーランスに転身。

就職超氷河期の洗礼を受ける

僕が就職活動をしていたのは2000年。

この頃は就職氷河期と言われており、特に2000年は最も底だったと言われている年であった。

いわゆる、超氷河期。完全な買い手市場で、一流大学の学生でも、1つも内定が貰えないなんてことがあったほどである。

そのため、中堅の大学だった僕は大変な苦戦を強いられた。

40社ほどエントリーするも、ことごとく不採用。1社から内定をもらうのがやっとだった。

僕はとにかく、面接というものが苦手で、文系出身ということで営業職を中心に応募していたため、喋りの部分で問題視されたと考えている。

今でも僕は営業には不向きだと思っているので、ある意味、僕を不採用にした各社の人事の人達は見る目があったなと感じている。

今思えば、この時にIT系の会社も応募しておくべきだったと後悔している。文系出身だからと、良く調べもせずに選択肢から外していたのである。文系でも十分に活躍できる業界なのに。

とにかく、僕はなんとか内定をもらえた1社に入社することにした。

新卒で入社した会社でパワハラを受ける

大学卒業後に入社した会社は呉服販売の会社。

本店は自社ビルにてお店を構えており、支店については、イオンやヨーカ堂といったスーパーのテナントとして展開している。

この会社が超絶ブラック。同期入社9人の内、半分は3か月で退職。

とにかく勤務時間がタイトで、開店から閉店まで立ちっぱなしなんてのもザラで、それにも関わらず給料は安く、残業代も出ない。

また、いわゆる呉服商法と呼ばれる悪徳商法を採用しており、かなり強引なやり方で高額な着物を売りつけていた。

尚、呉服商法の詳細について、ここでは割愛するが、Googleで「呉服商法」と検索すれば多くの結果がヒットするので、興味があればそちらをご参照願いたい。

自分がされたら嫌だ思うことを他人にするのは、これほどまでに辛いものなのかと思い知らされた。

ちなみに、この会社は私が退職後に、強引に大量の着物を買わされた顧客から訴えられ、裁判になるも敗北し、大きく信用を落とした模様。

ブラック企業でただでさえ辛いのに、それに加えて、上司に恵まれず、壮絶なパワハラを受けることになる。

少しでも小さなミスを犯せば、自分の人格、これまでの生き方、親の育て方など全てを否定する暴言を毎日のように浴びせられた。

尚、上司とは、配属されたお店の店長である。

浴びせられた代表的な暴言は以下の通り。
・テメー死ねよ
・存在の価値すらない
・(退職を考えていることを見透かされ)お前なんか、どこの会社に行っても通用しないって、太鼓判押してやるよ
・お前のことはもう見捨てたから、もう帰れ(正直、見捨ててもらって構わないから、もう怒らないで欲しいと心底思った)
・お前、次同じミスしたら、ただじゃおかないからな!(お客さんがいる店頭で言われた。)

他にも数えきれないほどの暴言を浴びせられたが、特に印象に残っているのが、上記5つである。

ミスしたことについては、自分に非があり、都度反省はしていたものの、ちょっとしたミスでもこのような言葉を浴びせられるため、常にビクビクしながら仕事をしていたのを覚えている。そうなると、よりミスをしやすくなるという悪循環だった。

こんな感じで心身ともに疲れ果てて、親や友人から心配されるほど激ヤセ状態になる。

それでも、当時は景気が悪く、新卒が数か月で退職してすぐに次の会社が見つかるような状況ではなかったため、辞めるに辞められない状態ではあった。

そのため、とにかく1年間は頑張ろうと決めて、なんとか耐えることにした。

今思えば、これほど長く感じた1年間はなかった。

また、この頃はパワハラという言葉がなく、このようなことで辞めるなんて根性なしだ的な風潮もまだ残っていた。

その後、なんとか1年間耐えきり、これ以上、この上司と仕事していたら、精神的な病気を患うのは間違いないと判断し、退職。

退職時は次の就職先が決まっていなかったため、不安はあったものの、ようやくパワハラから解放される解放感の方が強かった。

ITエンジニアに転身。充実の日々を送っていたが・・・

呉服販売会社を退職後、間もなくして零細IT企業に再就職。

手に職を身に着けたいと思い、まずはプログラミングスキルを身に着けるべく、貪欲に学習に励んだ。

入社した会社はとてもいい会社で、前職とは打って変わって、人間関係には大変恵まれた。

その中で、自分のスキルアップを実感しながら仕事もできていたため、モチベーションはMAXだった。

1か月の研修を受けた後、客先に出向となったが、直属の上司を含め、他社のメンバーにも恵まれて、充実した日々であった。

前職で上司から全てを否定され、自信を失っていたが、今度の上司は僕のことを認めてくれ、自信を取り戻すことができた。

この上司には、今でも本当に感謝している。この人がいなければ、今の自分はいないと思っている。

しかし、そんな充実した日々は長くは続かない。

入社して1年くらいした頃から、会社の経営が傾き始めたのである。

ついには、給与の支払いが遅れ始め、こうなると末期である。

入社して1年半後に2回目の不渡りを出すことが確実となり、会社は倒産。仲良くしてもらっていた仲間たちとも別れることになってしまった。

この会社は倒産したものの、社員のスキルは高く、本当にいい会社だったいうのが正直な感想。

経営者の経営力が高ければ、もっと発展していたと思われ、そこが惜しまれる。

親戚が経営する同業他社に入社し、冷遇

1社目はブラック企業。2社目は倒産と、自分の会社選びに自信を失い、今度はある程度内情が分かっている親戚が経営する会社に入社。

コネ入社みたいなものである。後から聞いた話だが、僕が入社するに当たり、反対する人は何名かいたとのこと。同族経営になることを危惧したと思われる。

そのような厳しい目が向けられているのは分かっていたが、結果さえ残せば認めてもらえるだろうと考えており、その自信もあった。

入社後、すぐに客先に出向させられたが、そこでもそれなりに良い評価は頂いたので、一部からはすぐに認めてもらえるようになった。

もちろん、初めから僕の入社を歓迎してくれた先輩社員もいたので、そこまで窮屈さは感じなかった。

出向先は何度か変わったが、どこでもある程度高い評価は頂いていたので、これで皆が認めてくれるだろうと考えていた。

違和感を感じ始めたのは、入社して1年半くらいした頃である。

一向に僕の評価が上がらないのである。明らかに他の社員よりも厳しい査定が下されるのである。

客先のメンバーからはポジティブな言葉をかけて頂いていたが、肝心の自社の役員からは、一切ポジティブな言葉を聞くことができないのである。

これには、他の社員も違和感を感じていたようで、先輩から「お前の評価、他の社員よりも明らかに厳しくない?」と言われるようになったのもこの頃である。

結論から言うと、役員からのこの厳しい評価は、退職するまで変わることはなかった。

退職前の数年は、他の社員からは「どんなに頑張っても決して認めてもらえない、可哀そうな人」と見られていた。明らかな冷遇である。他の社員とあからさまに差をつけるのである。もちろん、昇進もできないままである。

退職する2年くらい前から、妻から会社を辞めて、独立した方がいいのではないかと促されるようになる。

結婚した当初から、この会社は辞めた方がいいと思っていたのだと思うが、あえてそれは言わないでくれているのだろうと薄々感じてはいた。

しかし、さすがに我慢の限界だったのだろう。早く辞めた方がいいと、結構頻繁に言われるようになり、おかげで真剣に自分の今後の人生について考えるようになった。

転職か、独立かかなり迷ったが、結局フリーランスSEになることを決意。会社には退職の意向を伝えることとなった。

フリーランスSEとしての活動

2018年6月からフリーランスSEとして活動中。この先随時追記していく予定。